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<謡の稽古について>

そもそも、謡とは何でしょう?謡とは、能という演劇の歌曲の部分、すなわち声楽部分の総称のことです。謡本とは能における台本といってもいいでしょう。

謡の稽古には「観世流大成版一番綴謡本」を使用します。

謡本を広げて見ますと、詞章の右側に「ゴマ」と称するそれこそ黒いゴマ粒のような符号が記されているところがあります。更にその近くに音楽上の諸記号「節」が添え書きされている所もあります。また詞章の右側に「ゴマ」も「節」も記されていないところもあります。そこには詞章のどこか右側に、漢文の返り点のような符号がついています。これを「ヒラキ」と言います。

謡では「ゴマ」のある部分を「フシ謡」と称し、「ゴマ」のない部分のことを「コトバ」と呼びます。


「フシ謡」とは旋律を伴って謡う部分で、音楽的な彩りを付けるためにいくつかの「節」の記号が出てきますが、その種類は決して多くありません。謡のメロディーは構造的にはとても単純です。どんな曲でも、同じようなメロディをつなぎ合わせてできていると言っても過言ではないでしょう。謡の稽古の初心者の方の多くは、この「節」の記号と謡い方を早く覚えなくてはいけないと苦労される方もいらっしゃいますが、それはまったくの勘違いです。いくら「節」の意味するところが分かっても、それは謡を謡えるようになったということにはなりません。何故かについては後で詳しくお話しすることに致します。

「コトバ」はいわゆるせりふの部分です。せりふと言っても現代演劇のような写実的な言葉ではありません。「コトバ」には、謡特有の抑揚の型があります。「コトバ」も謡の一部なのです。


ここまで謡についておおまかに説明して参りました。ここからは実際の謡の稽古に則してお話をして参りましょう。

謡の稽古のテキストには「観世流大成版一番綴謡本」を使用することは先程も申しました。その本の入手方法や、なんという曲から稽古を始めるかについては、最初の稽古の時にご説明いたしますので、初回は手ぶらでいらして頂いて構いません。謡本はこちらでお貸しいたします。

控えの間を出て稽古場に入りましたら、先ずそこで「よろしくお願い致します。」と挨拶をします。謡の稽古も「礼に始まり礼に終わる」のです。礼が済んだら座布団と見台がありますので、そこに正座し、見台の上に謡本を広げます。正座が出来ない方には、椅子と背の高い見台の用意がございますので予めお申し出ください。

初心者の方の謡の稽古では、私が一句ずつ謡いますのでそのあとを真似して声を出して頂きます。日常生活の中で、大きな声を出すということは余りあることではありません。最初のうちは、大きな声を出すことに対する抵抗感や羞恥心がどうしてもあるものです。謡の稽古はそれらを取り除くことから始まります。

また声の高さは人によって様々に違います。男性同士でも女性同士でも声の高さ、質感はまちまちです。謡の稽古においては、私の謡う謡の音の高さをそのまま真似する必要はありません。その方なりの出しやすい安定した声の高さでよいのです。ただ、日常の中で自分の声の幅や安定した声を意識している方はいらっしゃいませんね。ですから稽古では先ずとにかく大きな声を出して頂いて、誘導したり調節したりしながら、その方なりの最も謡に相応しい声を探っていく訳です。


先程「謡のメロディは構造的にはとても単純」「いくら節の意味が分かっても謡を謡えたことにはならない」と申し上げました。それは、謡の音階的推移や節の抑揚の変化などの表面的な表現だけでは謡にならないと言うことです。能には二百を超える現行曲があります。そこには各々で異なったドラマがあります。その曲の曲柄、または登場人物の役柄を謡い分けなくてはなりません。

ではどのようにしたら、人間の喜怒哀楽といった様々な感情を表現したり、いろいろな情景を描写することができるのでしょう。

私は謡における「息の扱い方」と「声の出し方」の微妙なニュアンスに鍵があると思います。この発声の技法によって、謡に豊かで味わい深い趣を持たせ、同時にドラマにリアリティを与えることが出来るのです。

「息の扱い方」・「声の出し方」という発声の技法の習得こそ謡の稽古の「肝」なのです。しかし、その習得はたやすいものではありません。時間もかかります。能役者も、その技術の向上と磨きをかけることに一生を掛けているのです。皆様も焦らず、コツコツと稽古を積み重ねていってください。

謡の魅力は音楽的な側面ばかりではありません。謡曲の中には日本の古典文学に取材した曲も多くあり、また、中国の古典を典拠とした曲もあります。謡の詞章の中には、和漢の古典から引用した詞句がちりばめられてあったり、和歌や古文を巧みに用いて美しく彩り、流麗な文体に仕上げたものも多くあります。謡の稽古をするということは、自然とそれらの古典に近づくことになり、文学的或いは歴史的な関心を刺激されることになって、何時しか時空を超えて古典の世界に遊ぶことも可能な訳です。


それではもう一つ、謡の稽古において大切なことをお話ししましょう。

初心者の方の稽古では、私が一句謡った後に、それを真似して謡って頂きます。

この時、最も大事なのは「耳」です。耳に全神経を集中して私の謡を聞き、それを体の中に取り込んで出来るだけ多くの情報を吸収し、今度は自分の体を使って出来るだけそれに近い声として表に出す。初心者の方の稽古はこの繰り返しです。謡の節の謡い方、謡独特の発声の方法や息の扱い方の習得も、すべては「耳」から始まるのです。よく謡本を食い入るように見詰めている方がいます。また、私が謡っている時にペンで謡本に何やら書き込んでいる人もいます。これでは情報の伝達はスムーズにはいきません。

謡本を何十分眺めていても、或いは謡本に自分だけが分かる印を書き込んでも謡は謡えるようにはなりません。先ずは「耳」に神経を集中して、稽古を受けられるようにしてください。


稽古が終わりましたら、一度座布団から下がり改めて「ありがとうございました」と礼をします。これで稽古は終わりです。控えの間にお戻りください。控えの間では時として、今稽古している曲が能として上演されるときの様子ですとか、その曲の文学的或いは歴史的背景についてお話を致します。そうすることでお稽古されている謡の奥深い世界を少しでも立体的に捉えて頂けるように工夫しております。


謡の稽古についてお話して参りましたが、百聞は一見に如かず、何はともあれご自身で体験してみてください。

お気軽に無料体験コースにご参加くださいますよう、おまち申し上げております。

お問い合わせ先(謡曲・仕舞教室):
外国人の方も歓迎致します。(I welcome foreign disciples.)